標もなければ、生活する力もない。……なんでも知っている。そのくせ、具体的なことは何ひとつ知らない。正直なところをぶちまけると、本の読み方さえろくに知っていないんだわ。これではあまり希望がなさすぎるわね。だから、こんなことになるんだわ。……もちろん、梓さんの罪ではない。……要するに[#「要するに」に傍点]あまりあたしたちをほったらかしすぎるからいけないんだ。あたしたちの時代《ジェネレエション》にてんで眼を向けようともしないのがいけないんだわ。……学校を出さえすれば、あとは嫁にやってしまうだけなんだから、せいぜい勝手なことをさせて置くさ。……こんなのを、自由というのかしら。……むしろ、惨酷《みじめ》といったほうがいいわ。……いい加減に扱われているんだよ。たしかに、見捨てられているんだ。……あたしたち、まだ独り歩きなどできないんだから、こんな意味で、個性なんか尊重してもらいたかないわ」
トクさんは、感情の迫った声で、いった。
「その通りだわ。……古い生活の形式が死んで、まだ新しい生活の形式が生まれて来ない。あたしたちは、いま、そんなちぐはぐな時代にいるのね。とりわけ、あたしたちのような、間もなく世間へ送り出されようとしている若い娘がいちばん苦しんでいるんだわ。……どうしていいかわからない。どこを目あてに生きてゆけばいいのか見当がつかない。だから、恋愛なんかにばかり追従するようになるんだわ。情けないわね」
トクさんが、とつぜん寝台からすべりおりると芳衛さんの方へ歩いて行って、二人で手をとり合って劇《はげ》しく泣き出した。
「梓さん、気の毒だ」
「あたしたちもよ!」
鮎子さんとユキ坊やは、無言でうつ向いていた。
陽気なピロちゃんが雑誌を捨てて立ちあがると、二人の肩の上にそっと手を置いた。
「泣くのよしなさいね。……梓さんは死にやしないよ。……すくなくとも、死にになんか行ったんじゃないと思うわ」
ユキ坊やが、眼を輝かせながら、大きな声で、叫んだ。
「ボクも、そう思う!」
「梓さんは、死にになんか行ったんじゃない。すくなくとも、そう考えるべきだわ。ボクたちは、そんな弱虫じゃないんだ」
芳衛さんが、泣きやんだ。
「そうね。……せめて、そんなふうに希望を持たなければ、とても、やり切れないわ」
ピロちゃんが、やっつけるような口調でいう。
「希望じゃない、真実さ。……あたし
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