卓の上のナプキンを眺めながら坐っていたが、すこし心配になってきた。
沼間夫人は、剃り込んだ細い眉の間に立皺《たてじわ》をよせて、いらいらと食堂の入口の方へふりかえりながら、平気な顔で食事を始めている麻耶子《まやこ》に、
「あなた、槇子どこへ行ったか、ほんとに知らないの」
と、また同じことをたずねる。
マヤ子は、つんとして、
「いやアね、いくど同じことをきくの。だから、知らないといってるじゃないか」
「じゃ、槇さんといつどこで別れたの」
「伊東のトバ口ンところで。……潮吹岩《しおふきいわ》へ行こうってボクを誘ったけど、ボク、つまんないからいやだと断ってひとりで帰ってきたんだ」
「お連れは、どなたと、どなただったの」
「知らないよ、ボク」
「知らないわけはないでしょう」
「別れるときはひとりだったよ。別れてからのマキの連れなんか、ボク知るものか、千里眼じゃあるまいし」
「じゃ、ひとりだったのね」
マヤ子は鼻で笑って、
「ふン、どうだか」
「なんです、ちゃんとおっしゃい」
「だから、どうだか、っていってるじゃないか、しつっこい!」
何をきいても、もう返事をしない。澄ました顔で肉の小
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