はわからない。
「それも、まだ手つかずですわ。叔母さまのお伴だから、お金なんかちっともいらないの」
「では、あいつ、小遣いもくれるのか」
「いいえ。……だって、あたし、持っていますもの」
「お菓子を喰べにゆくとき、誰れが払うの」
「お菓子なんか、喰べに行きませんわ」
秋作氏は、あきれてキャラコさんを見つめる。
「ここへ来てから、まだ一度も?」
「和爾《わに》さんたちに招待されたとき、たった一度」
「それで?」
「それで、って?」
「何かほしいものがある時はどうするんだ」
「ほしいものなんか、何もありませんわ」
「ふむ、それで、その三円がいままでちゃんと残っているんだね」
「ええ、そうよ。……自分のたのしみに使うのに、三円なんてお小遣いをいただいたのはこれが始めてなの。だから、どう使っていいかわからないの」
長六閣下の子女教育がこんなに行き届いたものだとは、さすがに今日まで知らなかった。きまった恩給だけでやってゆくにはこういう方針をとるのもやむを得ぬことなのであろう。今となってみれば、一年に一度のクリスマスに、あんな役にも立たぬとぼけた贈物《おくりもの》をしたことが悔《くや》まれる。
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