、手のひらをかえすように、
「あなた、貧乏だから、いや」
 と、はっきりしすぎるくらいはっきりと断わった。
 秋作氏が知っていた槇子は、すくなくとも、こんな了見の狭い娘ではなかったはずだったが、論より証拠で、やはり自分の計量ちがいだったと思うよりほかはなかった。
 しかし、あまりな返事なので秋作氏も不愉快になり、槇子に、貴様《きさま》はクソみたいなやつだぞ、とひどいことをいったということを、あとでキャラコさんがきいた。
 秋作氏はそれっきり沼間氏の一族と交渉を絶《た》ってしまった。腹を立て、飲んだくれて歩いているという評判もあったが、その秋作氏が、つい二日前、卅二三の、すこし薹《とう》のたったお嬢さんと二人でフラリとこのホテルへやって来て沼間夫人を驚かした。
 そのお嬢さんは、へんに煤黒い、ひどい斜視《すがめ》の、棒を嚥《の》んだようなヌーッとした感じのひとで、眉目秀麗な秋作氏と並ぶと、一種、対照の妙を示すのだった。『社交室』の特報によれば、たいへんな持参金がついているので、名古屋の上流では誰ひとり知らぬものもない有名なお嬢さんだということだった。
 秋作さんが、この『黒いお嬢さん』と
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