ような声で、
「いや、まったく……。まるで、オペラですな」
 と、意味のないことをいった。せいいっぱいの智慧をしぼったところである。
 猪股氏はこのごろのモダーン・タイプのお嬢さんが大好きだ。後妻《のちぞえ》にはぜひともそういうピチピチしたお嬢さんをもらいたいつもりなのだ、そういうお嬢さんたちに気にいるようなしゃれたことをいってみたいのである。
 槇子は気どったポーズをつくりながら、つづいて、『あたしはあなたに夢中なの』というジャズ・ソングを唄いだそうとしていたが、猪股氏の讃辞をきくと、
「うへえ、いけねえ。……オペラだっていいやがる」
 と、いまいましそうに叫ぶと、ツイとピアノを離れ、揺椅子《ロッキング・チェア》のなかへ乱暴に仰向けにひっくりかえって、不機嫌そうに黙りこんでしまった。
 槇子は今年二十三だ。眼も鼻も大きくて、なるほど器量はいいが、あまりととのいすぎてとっつきにくい顔だちである。髪をウェーヴぬきのロング・カットにしている。パーマネントの流行《はやり》と逆にいったところが味噌《みそ》なのだが、それにしても、濡れた着物のようにピッタリと皮膚にまといついた、ジュニヤ好みのプリ
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