、少女は既に結婚して夫と欧州へ行ったあとでした。私は及ぶかぎりの方法をもって捜索させましたがわかりませぬ。
……今から十五年前、私があらゆる事業から手をひいて欧羅巴《ヨーロッパ》へ渡りましたのも、畢竟、私の生涯をかけてその少女の所在をたずねようためでした。……それから七年目、つまり昨年《きょねん》の春、ふとした手がかりで、その少女がアントワープにいることをつきとめましたが、私がまいりました時は既にこの世のひとではなかったのです。
……そういうわけで、私は私の相続人を探すために日本へ帰ってまいりました。……私は自分の相続人の条件をこんな風にきめました。……年は十九から廿歳までの、心から私に親切にしてくれる少女……。必ずしも、いい趣味とはもうされませんが、私の気持だけは、たぶんおわかりくださるでしょう。
……ところで、日本へ帰って来て見ますと、日本の変り方はたいへんなものでした。ことに、少女の性情の変り方は、ほとんど信じられないくらいでした。この一年間、探《たず》ねているような少女に私はとうとうめぐり合うことはできませんでした。
私がこのホテルへついたとき、私は、ほとほと疲れてしまいました。私は相続人を得《う》ることをあきらめねばならぬかと、ひそかに覚悟したくらいです。……しかし、どうしても諦めきれぬところもあって、ご承知のような試みをやって見ました。もちろん、私の試みの性質にもよりましょうが私は、ここでさんざんな軽蔑のされようでした。
……ところで、そのうちに、ただ一人、このみすぼらしい老人にたいへんに親切にしてくれる少女を、発見しました。私は、とうとうゆきついたのでした。それは今年十九になる、いささかも浮薄な流行になじまぬ、快活で、控え目で、正直で、健康で、そして、美しい少女です。そればかりか、彼女は、私に『冬の円居』さえ弾いてくれました。私が彼女を撰ぶのに、何の躊躇するところがありましょう。……私は、石井剛子さんを、私の相続人に定めたいと思うのです。剛子さんは、この財産を私自身が使うより、もっと有用な使い方をしてくれるであろうことを信じて疑いません。
私は今朝までかかって必要な書類を全部揃えて置きましたから、あとは私の弁護士が外国の銀行の方の始末をつけ、遅くとも今年のクリスマスごろまでに、それを剛子さんにお渡しできるように骨を折ってくれることでしょう」
前へ
次へ
全31ページ中29ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
久生 十蘭 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング