方八方から異口同音にこたえる。
「世界一の手相見が、これからキャラコさんの未来を占うところなんです」
マキ子は舌打ちをして、
「ちえッ、くだらねえ。……そんなところにいないで、みンな、こっちへ来いよう」
しかし、誰も輪を離れてゆくものがない。
山本氏はキャラコさんの掌《て》を眺めていたが、何か異常な発見でもしたように、おお、と低い感嘆の声をもらし、キラキラ光る眼で一同の顔を見廻したのち、低い声で語りだした。
「これは、実に非凡な手です。何十万のうちに、稀《まれ》にたった一つこのような手に出っくわす。……順序よく申します。まず、だいいちに、この方《かた》はたいへんに勇敢な気性だ」
越智氏が、馬鹿にしたような口調でいった。
「みな尻込みしているうちに、最っ先に出てゆくんだから、そりゃア勇気があるほうでしょうな」
みな、どっと笑いだす。
山本氏は耳もかさずに、
「あなたは非常に健康で、これは、晩年までつづきます。聡明で沈着で、たいへんに忍耐強い」
ワニ君が口を出す。
「それは、僕も認めます」
シッ、シッ、という声が起こる。
「……卑猥《ひわい》にも不潔にもなじむことがない。あなたは生まれてからまだ一度も嘘をいったことがない。あなたは、この世で最も堅実で道義心の強いどの男性よりも、もっと堅実で道徳的です。実に稀な手ですね。……それから、この線! なんでもないこのちっぽけな皺の中に、わたくしは異例な運命を発見しました。この線を見ると、あなたにはたいへんな幸運と、一口《ひとくち》にいえないほどの莫大な財産が備わっていることがわかる」
みな、わあッと笑い出す。なかでも、槇子の嘲笑がひときわ高くひびいた。
山本氏は憫《あわれ》むような眼ざしで一同を眺めまわたしながら、
「その財産をいま持っていられるとはいっていません。しかし、わたくしは誓って申します。思いもかけぬような事情によって、このお嬢さんがその幸運をうけるのです。……みなさんはお笑いになるが、ご自分たちの未来について何を知っているというのです。自分が明日《あす》死ぬことさえご存知ないくせに。……私の見るところでは、この中に、そういう運命の方《かた》が一人います」
もう、声を出すものもない。
槇子が、揺椅子《ロッキング・チェア》から離れて山本氏の前に坐ると、だまって掌を差しだした。
山本氏はその掌をじ
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