ファッション・モデルという職業も、好きではない。この仕事に適しているとも、考えていない。期待も、希望もない。食べるだけのために、行きあたりばったりに、漂い流れている感じ……頭のなかがいそがしくて、ひとを愛している暇もない。愛されたいとも、思っていない。
モデルのクラブでは、気位いの高い、むずかしいやつだと思われているらしい。こんないい加減な生活をつづけていると、いまに、夢も希望もなくなり、ひねくれた、意地の悪いオールドミスになるだろう。
カーヴになったところを曲がると、愛一郎とカオルが乗って出た車が、国道から逸《そ》れた袋のような谷の奥の崖に、のしあげるようなかっこうで止っていた。
松林を吹きぬける風の音だと思ったのは、車が走りこんできた音だったらしい。なにがあったのか、ルーム・ランプをつけっぱなしにしたまま、車のそばで言いあいをしているのが、目の下に見える。
「ドライヴだなんて連れだして、東京へ追いかえすつもりだったのね」
カオルが癇《かん》をたてた声で、愛一郎に毒づいている。愛一郎は、車のボンネットに肘《ひじ》をつき、そっぽをむいたまま返事もしない。
「返事ぐらいなさいよ
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