と言っていた。サト子は思いついて、その話をしてみた。
「久慈さんってお宅に、きれいなお嬢さまがいらっしゃるのよ。ごぞんじ?」
「そう、きれいな方がいられたようだ」
「あたしの想像だけど、愛一郎、なぜ、あの家へはいりこんだのか、わかるみたいね」
 中村は考えてから、同意するようにうなずいた。
「ひょっとすると、そういうことだったのかもしれない。それにしては、思いきったことをやるもんだ。このごろの若い連中の性情は、われわれには、わからなくなりかけているらしい」
「かりに、そうだとすると、警察へ行って、愛していたの、好きだったのと、そんな話まで、しなくてはならないんですの」
「なんであろうと、隠すのはためにならない……正午までは、支局の連中や通信員がウロウロしていますから、一時から二時くらいまでの間に、捜査主任のところへ……」
 玄関の横手の車庫から、愛一郎と山岸カオルの乗った車が走りだし、飛ぶように前の坂道を下って行った。
 中村は、じっと車のあとを見送ってから、
「逃がしたんじゃ、ないだろうね」
 と、強い目つきで、サト子のほうへ振り返った。
「どうか、そんなことにならないように……むず
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