ンといった、心配のない堅苦しいタイプだと思っていたが、あらためて見なおすと、目もとにシットリとうるみがつき、頬のあたりが赤らんで、意外になまめいた顔になっていた。
「おやおや、こんなことだったのか」
 愛一郎を夕食からはずしたのも、カオルを仲間に入れなかったのも、はじめから仕組んだことらしい。底の浅いたくらみが見えるようで、面白くなかったが、どんなひとでも、ひとつくらいは後暗《うしろぐら》い思いを、心のなかにもっている。死んだひとの追憶にひたりこんでいるというのは、嘘ではないのだろうが、若い娘を相手にしていると、つい、こんなことも言ってみたくなるのらしい。喫茶室のテラスで、横須賀のショウバイニンたちとやりあった情けない現場を、秋川は見ている。行きずりに家へ誘って、否応なくついてくるような女なら、なにを言いかけたって恥をかくことはないのだ。
「暖炉のなかで、コオロギが鳴いていますね。このへんは、ほんとうに静かですこと。まるで、夜ふけみたい……あたくし、そろそろ、おいとましなくては……荻窪へ着くと、十時ちかくになりますから」
 秋川は、コォフィをすすりながら、
「お帰りになるというのを、お
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