ースを大皿からとって、秋川の皿にサーヴすると、いちだんと大きなのを、自分の皿へ取りこんだ。
「はじめても、よろしいの?」
 秋川は、慇懃《いんぎん》にうなずくと、思いをこめたような調子で、つぶやいた。
「この家で、こんな楽しい夕食をするのは、ひさしぶりです。あなたのような方が居てくださるのだったら、好きでもない東京に、住むことはないのですが……」
 なにを言いだす気なのだろうと、サト子は、フォークの手を休め、秋川の顔を見た。
 食事がすむと、折りかがみのいい四十五六の婆やが、ものしずかに食堂へはいってきた。
「お客間に、コォフィをお出ししてございます」
 サト子をうながして、つづきの客間に移ると、秋川はコォフィをすすめ、椅子をひっぱってきて、サト子と膝が触れあう位置に掛けた。
「こんなところへお誘いしたのは、ゆっくりお話をしたかったからで……」
 カオルの話では、事業から手をひいているが、たいへんな金持ちで、七年も前に死んだ夫人の追憶にひたりこみ、この世の女には目もくれない変人、ということになっていた。
 美術館のティ・ルームで見たときの第一印象は、大学の先生か、信仰のあついクリスチャ
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