ら?」
「ずいぶん年をとったけど、むかしどおりの粋人《キャラント》よ……追放解除になったあと、することがないもんだから、渋谷の松濤《しょうとう》の大きな邸《やしき》でショボンとしているわ。秋川が、毎月、生活費を送っているの」
「秋川さん、神月と親戚なの?」
 カオルは、底意のある皮肉めかした口調で、
「親戚?……ふふ、ある意味ではね……細君が死んでから、秋川は事業から手をひいてしまったけど、手元に動かせる金を持っていることでは、日本一でしょう。神月としては、秋川の友情にたよるほか、生きる道はないんだから、どうされたって、離れないつもりでいるらしいわ」
 サト子が階下《した》の客間へ戻ると、カオルもついてきて、向きあうソファにおさまった。
 近くの山隈《やまくま》で、うるさいほど小寿鶏《こじゅけい》が鳴く。風が出て雲が流れ、部屋のなかが、急にたそがれてきた。美術館を出るとき、鎌倉署の中村に顔を見られたことを、ひと言、愛一郎に注意してやりたかったが、そうしてみたって、どうなるものでもなかった。
「あたし、おいとましようかな。いずれお伺いしますから、そのとき、またゆっくり……」
 カオルは、
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