のそばに、ニュウ・スタイルの三面鏡と、弧になった大きな化粧台がつくりつけになり、そのうえに、美しい面差をしたひとの写真が、ひっそりと乗っていた。
 カオルは庭にむいた扉をあけて、手のこんだガラスの風除《かざよ》けのついた、ヴェランダのようなところを見せた。
「この外気室、ホンモノよ……秋川夫人が、ここで五年ばかり闘病していたんだけど、ダメだったの……秋川夫人、絶滅の場よ。すごいみたいでしょ」
 おだやかな秋の夕日のさしこむ、ひろすぎるおもむきの部屋は、もの悲しいほどキチンとかたづいていて、すごいというような感じは、どこにもなかった。
「しずかすぎて、うっとりするわ」
 サト子が、そういうと、カオルは、はげしい身振りで、さえぎった。
「そういう意味じゃないのよ……見てごらんなさい、この行き届きかた……秋川は、病妻のために、サナトリアムをひとつ、建てるくらいの意気ごみだったそうよ」
 そう言えば、似たところもあるような秋川夫人の写真をながめながら、サト子は感慨をこめて、つぶやいた。
「大切にされた方だったのね」
 カオルは、鼻で笑って、
「秋川には、死んだ細君は永遠の女性で、愛一郎にとって
前へ 次へ
全278ページ中71ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
久生 十蘭 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング