さないでください」
青年はモジモジしながら、腰をあげかけた。
「お客さまですね? ぼく失礼します」
「押売りでしょう、たぶん」
「もし、お客さまでしたら、朝から、ずっとここにいたと、言ってくださいませんか」
「一年も前から、ここにいたと、言ってあげるわ」
サト子が玄関へ出てみると、近くの派出所で見かける警官が、意気ごんだ顔でタタキに立っていた。
「こりゃ、失礼しました。お留守だと思ったもんだから……むこうの山側の久慈さんの家へ、空巣《あきす》がはいりましてね。光明寺のほうへは出なかったから、このへんにモグリこんでいるんだろうと思うんです。お庭へはいって見ても、よろしいでしょうか」
「かまいませんとも……むこうの木戸から」
「ちょっと、失礼します」
警官は西側の木戸をあけると、地境の垣根のほうへ駆けて行った。
隣りの地内の奥まったあたりで、竹藪《たけやぶ》の薙《な》ぎたてるような音がしていたが、そのうちに、よく通る声で、だれかがこちらへ呼びかけた。
「おうい、中原……」
垣根の裾《すそ》にしゃがんでいた警官は、緊張したようすでツイと立ちあがった。
「ここにいる」
「そこの藪つづ
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