んなさい、ジュースでも飲みましょう」
濡縁に足跡をつけながら座敷にあがってくると、青年は縁端《えんはな》に近いところに畏《かしこま》ってすわった。
「あたし、水上サト子……あなた、なんておっしゃるの」
青年はシナをつくりながら、甘ったれた声でこたえた。
「ぼくの名なんか……」
「古風なことを言うわね。名前ぐらい、おっしゃいよ」
「でも……」
こういうハニカミは、育ちのいいひとがよくやる。病気のせいも、あるのかもしれない。
サト子は、それで見なおした気になり、美しすぎる顔も、さっきほどには嫌《いや》でなくなった。
「ジュースは、オレンジ? それとも、グレープ?」
「どちらでも」
冷蔵庫のあるほうへ立ちかけたとき、玄関の玉砂利を踏んでくる靴の音がきこえた。
「しようがねえな、玄関を開けっぱなしにして……」
そんなことを言っている。
中腰になって聞き耳を立てていると、玄関の客は癇癪《かんしゃく》をおこしたような声で呼んだ。
「由良さん……由良さん……どなたも、いらっしゃらないんですか」
サト子は、座敷から怒鳴りかえした。
「居りますよッ……聞えていますから、そんな大きな声をだ
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