窮して、心にもないお愛想を言った。
「ここのお宅、気にいってるみたいね。お住いになっているの?」
「こんな空家《あきや》、気にいるもいらないも、ないじゃないの……でも、人間に疲れて、ひとりになりたくなると、朝でも夜中でも、東京から車をとばしてきて、この家へ入りこんで、はだしで谷戸《やと》を歩きまわったり、罐詰をひっぱりだして食べたり、二三日、ケダモノのようになって暮すことがあるわ」
手枕をして、長椅子にあおのけに寝ると、マジマジと天井を見あげながら、トゲのある調子で、
「あなたの人気、たいへんよ……芳夫のお嫁さんに来てもらうつもりで、おやじとおふくろが、いろいろと画策しているわ……でも、問題にもなにも、なりはしないわねえ。芳夫みたいなやつ、あなた、なんだとも、思っちゃいないんでしょ?」
救われた思いで、サト子は、うなずいた。
「じつのところは、そうなの……東京へ帰ったら、すぐお伺いするように、叔母に言われているんですけど……」
「来ることなんか、ないわ。よかったら、あたしが、言ってあげましょうか」
「それじゃ、失礼よ……あたしの役だから、じぶんでやってみるわ」
「あなたって、おしと
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