館で秋川の親子に会って、ここへ誘われるまでのことを話した。来ずにいられなかったわけがあるのだが、それは言わずにおいた。
 カオルは、唇の端を反らして薄笑いをしながら、
「おやじも偏屈だけど、愛一郎って子、神経質で手がつけられないの。帰るなり、あたしにあたりちらして……美術館で、なにかあったのかしら」
 サト子は、さりげなく言い流した。
「かくべつ、なにも……」
 カオルは、ガラス扉のほうへ歩いて行くと、芝生の庭を見ながら、サト子のほうへ呼びかけた。
「あそこを、ごらんなさい」
 むこうの松林のそばを、秋川の親子が肩をならべながら歩いているのが、小さく見えた。
「親子でモタついているわ。おだやかな見かけをしているけど、あれが、秋川親子の喧嘩《けんか》の姿勢なの。なにもなかったのなら、あの親子が喧嘩するはずはないわ……でも、おっしゃりたくなかったら、おっしゃらなくともいいのよ」
 突きはなすように言うと、カオルはガラス扉のそばを離れて、サト子のいるほうへ戻ってきた。
 秋川は、いつまでたっても、すがたを見せない。カオルは長椅子の端に掛けて、むっとした顔で、だまりこんでいる。サト子は、話題に
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