車のそばで、秋川の親子がなにを争っていたのか知らないが、なにかゴタゴタした空気が感じられる。
勢いよく奥のドアが、あいた。
警官かとも思わなかったが、サト子は、あわててソファから立ちあがった。
すっきりとしたひとがはいってきて、しげしげとサト子の顔を見てから、歯ぎれのいい口調で、あいさつをした。
「あら、サト子さんだったのね?」
東京へ帰ったら、否応なく訪問することになっている、山岸芳夫の姉のカオルだった。
二十七にしては、老《ふ》けてみえるが、そのひとにちがいない。むかしから、似たところのない、ふしぎな姉弟だった。
ざっとした空色のワンピースに、ストッキングなし……裸足《はだし》で、スリッパも穿いていない。
髪をやりっぱなしにし、シャボンで洗いあげたように清潔な顔に、クッキリ眉だけかいている。ファッション・モデルのいう「荒れた」ようすをしているが、野性的で、それなりに、みょうな魅力があった。
「春ごろ、芳夫が日比谷でお会いしたんですって? いちど、お目にかかりたいと思っていたの……あなたに、忠告したいことがあるのよ」
思い出のなかの山岸カオルは、飯島の澗の海へやってき
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