びき、日陰になるところで、山茶花《さざんか》の蕾《つぼみ》がふくらみかけている。
 愛一郎は、目を細めて日の光をながめながら、無心にハンドルをあやつっている。うしろの座席から、秋川のくゆらす葉巻のにおいが流れてくる。
 サト子は、愛一郎の横顔をながめながら、口の中でつぶやいた。
「こまったことに、なりそうだ」
 空巣にはいったポロ・シャツの青年が、ナリをかえて自家用車の運転席におさまっているのを確認した以上、そのままに放っておくわけはない。車のナンバーは東京だし、秋川は鎌倉ではよく知られているひとらしい。二時間もすれば、空巣の青年が秋川のなににあたるのか、苦もなく調べあげてしまうだろう。
 木繁《こしげみ》のいただきから、棟《むね》の高い、西洋館の緑色の陶瓦があらわれだしている。
 しんと秋の日の照る、ひと気のない坂道をうねりあがり、苔《こけ》さびた石の門をはいると、ひろい前庭のなかの道を通って、白い船のような玄関の前で、車がとまった。
 むぐらのしげりあう荒れはてた花壇に、丈ばかり高くなった夏の終りのバラが、一輪、ひよわい花を咲かせている。
 サト子が、車からおりかけたとき、空鳴りの
前へ 次へ
全278ページ中63ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
久生 十蘭 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング