い……が、そうではないので、まだしも助かる。
サト子は、あわれな微笑をうかべながら、
「おっしゃること、よく、わからないんですけど……だれかと、間違えているんじゃないかしら」
ダスター・コートが、甘ったれるような含み声で、からみついてきた。
「なら、池のそばまで出てくださいません? わかるように、お話ししますわ」
池のそばではじまる光景を想像して、サト子は、ぞっとした。
「けっこうよ。話なら、ここでうかがうわ」
やせすぎの女が、赤い唇をパクパクさせて、脅かしにかかった。
「それじゃ、おためになりませんけど」
愛一郎の父が、なにごともなかったような顔で、サト子にたずねた。
「あなた、まだ陶磁をごらんになる?」
「いいえ、こんどの上りで東京へ帰ります」
「われわれも、間もなく帰りますが、これから扇ヶ谷の家へ遊びにおいでになりませんか。荒れたままになっていますが」
そして、撫でさする目つきで、息子のほうをみた。
「これも、切に希望しているようですから……」
迷惑な話だが、なんとかこの場を糊塗《こと》してやるほか、おさめようがないと考えたらしい。愛一郎の父は、サト子をショウバイニ
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