うでも言ってみるほかはなかった。
「お見それ、ってことはないでしょう。まいにち、おあいしているわ」
 ダスター・コートが、冷淡にはねかえした。
「おねえさん、皮肉なことをおっしゃらないで……話ってのは、ショバのことなんです」
 泣きだしたりしたら、コナゴナにされてしまう。サト子は平気みたいな顔で言い返してやった。
「あら、そんなことなの?」
「なんて、おっしゃいますけど、あたしたちにしちゃ、死活問題なんです……当節、横須賀では、やっていけないから、鎌倉でショバをとりたいと思うのは、無理でしょうか、おねえさん」
 若いのが、横あいから切りつけた。
「ショバ代は、きまりでよろしいんでしょうか。はっきりしていただくほうが、ありがたいんですけど……」
 秋川の親子は、池のほうを見ながら、重っくるしい表情でお茶を飲んでいる。とんだ女をお茶に誘ったもんだ……秋川親子は、つくづくと後悔し、けがらわしい思いで悚《すく》みあがっているのだろう。
 愛一郎の父が未来の舅《しゅうと》だったり、愛一郎にすこしでもよく思われたいなどと考えているのだったら、この場面は身も世もない辛《つら》いものになったにちがいな
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