なた、家をさがしていらっしゃいましたね」
 父なるひとは、うれしそうな声をあげた。
「おや、あなただった? 私はお妹さんだとばかり思っていました……陶磁を見るのは、案外に疲れるものですな……どうです、むこうで、お茶でも……」

  テラスに吹く風

 池の面《も》をとざす青々とした杉苔《すぎごけ》のあいだで、ときどき大きな鯉《こい》がはねあがる。
 喫茶室のテラスの丸テーブルで、愛一郎が、不興を受けた愛人といったかっこうで首をたれている。愛一郎の父は、不和の状態を回復しようというのか、サト子と愛一郎の間に割りこんで、笑ったり、うなずいたり、子に甘い父親がやるだろうと思うようなシグサを、のこりなく演じ、サト子の顔色をうかがいながら、とりとめのないことを、つぎつぎに話しかける。
「飯島のお住いは、もう久しくなりますか」
 これから、ひきおこる場面は、死にたくなるほど退屈なことになりそうだ。それはもう、わかっているのだが、父なるひとが、むやみに勤めるので、すげなく座を立つわけにもいかない。
「あたくし、東京ですの……子供のころ、夏ごと、遊びにきましたが」
「それはそれは……すると、この池に、
前へ 次へ
全278ページ中54ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
久生 十蘭 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング