ました顔で、父親とふたりで、古陶磁の展覧会を見に来ている。
追憶のなかに出てくる青年のおもかげは、いつも、すがすがしく、もの憂《う》く、あわれで、やるせない思いをかきたてられたものだったが、いまは軽蔑しか感じない。
サト子は、冷淡な目つきで青年の顔を見かえすと、ゆっくりと、つぎのケースの前へ足を移した。
「お聞きねがいたいことがあります」
青年が、ケースの向う側へきた。
三人もの警官の目の前で、溺れて死ぬまねをしてみせる演技のたしかさは、ほめてやってもいいが、だまされるのは、もうたくさんだ。
「おねがいです」
影のついた大きな目でサト子を見ながら、青年は、祈るように手をねじりあわせた。
うるさくなって、サト子が、出口のほうへ歩きかけると、青年は、腕に手をかけて、ひきとめにかかった。
「五分ほど、お話を……」
半礼装の紳士は、ほど遠いケースの前に立って、じっとこちらを見ている。
そのひとが父親なら、いやなところを見せたくなかったが、青年の厚顔《あつかま》しさが我慢ならなかった。むごいほどに手を払いのけると、サト子は、強い声で言った。
「あなた、なんなのよ? うるさくするの
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