ました顔で、父親とふたりで、古陶磁の展覧会を見に来ている。
 追憶のなかに出てくる青年のおもかげは、いつも、すがすがしく、もの憂《う》く、あわれで、やるせない思いをかきたてられたものだったが、いまは軽蔑しか感じない。
 サト子は、冷淡な目つきで青年の顔を見かえすと、ゆっくりと、つぎのケースの前へ足を移した。
「お聞きねがいたいことがあります」
 青年が、ケースの向う側へきた。
 三人もの警官の目の前で、溺れて死ぬまねをしてみせる演技のたしかさは、ほめてやってもいいが、だまされるのは、もうたくさんだ。
「おねがいです」
 影のついた大きな目でサト子を見ながら、青年は、祈るように手をねじりあわせた。
 うるさくなって、サト子が、出口のほうへ歩きかけると、青年は、腕に手をかけて、ひきとめにかかった。
「五分ほど、お話を……」
 半礼装の紳士は、ほど遠いケースの前に立って、じっとこちらを見ている。
 そのひとが父親なら、いやなところを見せたくなかったが、青年の厚顔《あつかま》しさが我慢ならなかった。むごいほどに手を払いのけると、サト子は、強い声で言った。
「あなた、なんなのよ? うるさくするの
前へ 次へ
全278ページ中52ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
久生 十蘭 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング