サト子は、ゆっくりとケースをのぞいて行ったが、そのうちに、はっとするような深い色に目を射られて、思わず足をとめた。
 おおどかに伸びあがった、無口瓶《ほそくちびん》の[#「無口瓶《ほそくちびん》の」はママ]荒地《あれじ》のままの膚に、ルリ色とも紺青ともつかぬガラス質のものが、一筋、流れている。
「なんという、いい色」
 壺どもの腰の線は、一流のファッション・モデルの腰の線よりも、美しい。それだけでも、おどろかれるのに、このもろいセトモノどもは、サト子の年の、百倍も長く生きつづけてきたのだと思うと、なにか、はるばるとした気持になる。
 五分ほども、ながめつくし、ため息をつきながら顔をあげた。まださめきらぬ、陶然たるサト子の目は、そのとき、澗の海で死んだ青年の顔を見たと思った……
「あら」
 立衿《たてえり》に桜の徽章《きしょう》のある学習院大学の制服を着たよく似た顔が、四十五六の父親らしいひととふたりで、ケースをのぞきながらこっちへやってくる。
 学帽の庇《ひさし》が影をおとす端正な顔は、凛々しいほどにひきしまっていて、あのときの青年のような卑しげなところや、追いつめられたけだもの
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