かない。五日のあいだ、ここで客引とモデルの二役をやっていたことを思えば、どう弁解しても、誤解をとく方法はなさそうだ。
無言のまま、歩きだす。警官は美術館の石段の下までついてきた。
「甘くみるな。一月でもつけ回して、仕事をさせないことだって、できるんだぞ」
「あたし、古陶磁の展覧会を見に行くの。セトモノなんか、つまらないでしょ。横須賀まで送ってくれるつもりなら、ここで待っていて」
そういうと、サト子は、後もみずに石段を駆けあがった。
ほのかな間接照明が、陳列室にたそがれのような、ものしずかな調子をつけ、高低さまざまなケースのなかで、壺《つぼ》や、甕《かめ》や、水差や、陶碗《とうわん》が、肩の張りと腰のふくらみに、古代の薄明をふくみながら、ひっそりと息づいている。
ケースのうえから、壺の口づくりのぐあいをながめているひとがある。足高のケースにおさまった壺の底づきぐあいを、ガラス越しに、よつんばいになって下から見あげているひとがある。そういう作法が、こっけいで目ざわりで、気が散ってしようがなかったが、そのうちに、まわりの現象が感覚からぬけ落ち、壺とじぶんだけの、しんとした世界になった
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