となら、帰りました」
 叔母は、なァんだという顔になって、
「あら、帰ったの?」
 そう言うと、大きな伸びをした。
「そろそろ、起きようか」
「お起きになれます?」
「起きられるとも。病人でもあるまいし」
「温泉疲れで、起きられそうもないと、おっしゃっていらしたから」
「おなかがすいた……きのう、熱海で早目に夕食をしたきり、お夜食もしていないの……こけしちゃんにそう言って、すぐ、ご飯にして、ちょうだい」
 サト子が、先に行って待っていると、叔母は、初袷《はつあわせ》のボッテリしたかっこうで茶の間へ出てきて、食卓につくなり、トースターでパンを焼きだした。
「サト子さん、さっき来たのは、たれだったの? あなたのボーイ・フレンド?」
「飛んでもございません。警察のひとです」
 叔母は、ぎっくりと背筋を立てた。
「警察? あたしに?」
「まあ、おばさまの、お声ったら……」
 叔母のおどろきようがひどいので、サト子のほうがびっくりしてしまった。
 農林省の下級技官だったツレアイを課長の椅子におしあげるまで、請託や、贈物や、ザンソや、裏口の訪問や、そういう、うしろ暗いことを十何年もやった記憶がある
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