、あんな努力をするものなのね。見なおしたわ」
 吉右衛門は、黙然と海のほうをながめていたが、ポケットから煙草を出して火をつけた。
「中止しろと言ってきましたが、やめずにやっていたので、譴責《けんせき》を食いました……近いうちに、どこかへ転勤になるのでしょう」
 泣いているのかと思って、サト子は、吉右衛門の顔をのぞいて見た。
「あれは、あなたの趣味なの?」
 吉右衛門は、乏《とぼ》しい顔で笑った。
「趣味ってことはない……私は、作戦の都合で、助ければ助けられる部下を、何人か目の前で溺れさせました。いのちを見捨てたばかりでなく、死体ひとつ、ひきあげることができなかった……そのときの無念の思いが、いまも忘れられずに、こころのどこかに残っていて……」
 サト子は、吉右衛門を戦争の追憶からひきはなすために、わざと強い調子で言った。
「戦争の話、もういいわ」
「たれも、もう戦争の話は聞きたがらない……だが、戦争の惨害を、トコトンまで味わった人間でなくては、ほんとうに人間のいのちをいとおしむ気持には、なれないものです」
「人間のいのちを、いとおしむために、戦争をしてみる必要も、あるわけなのね?」
 
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