です。私が海軍にいたころは、これでも、まっすぐにものを見る人間でしたが……」
 海のほうへ尻目づかいをしながら、
「このあいだの空巣の件も、われわれの誤算だったのかもしれない」
 そういうと、そっと溜息《ためいき》をついた。
 ずいぶん、いい加減なものだと思うと、気が立ってきて、サト子は言わずもがなの皮肉を言った。
「警察だって、誤算することが、ありますわねえ」
「それはそうですとも。どうせ、人間のすることだから」
「それで、どこがマチガイだったの?」
「空巣をやるような人間は、死んでも捕《つか》まるまいというような、けなげな精神は持っておらんものです……あれは、空巣以外の、何者か、だったんでしょうな」
 サト子は、勇気をだしてたずねてみた。
「死体は、あがったんですか?」
 中村は、首を振った。
「それで、また澗をのぞきにきたってわけなのね?」
「きょうは、ちょうど初七日だから……七日目に、死体があがるなんていうのは、迷信だとは思いますが」
 あの夜、同僚も漁師も帰して、このひとがひとりで錨繩《いかりなわ》をひいていた、孤独なすがたを思いだした。
「警察というところは、死体を捜すのに
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