うから、霞んだような声が、かえってきた。
「いえ」
「あいにく、叔母はおりませんけど、あたしでわかることでしたら」
 芙蓉の花むらのうえに、白っぽい男の顔があらわれた。
「どなたもいらっしゃらないはずなのに、歌が聞えたもんですから……」
 いまの稗搗節を聞かれてしまった。今日はうまくうたえたほうだが、自慢するようなことでもない。
「お聞きになった? あんな歌、うたいつけないんで、まずいんです」
 花のうえのひとは、ほんのりと微笑した。
「なにをおっしゃいます。あまりおじょうずなので……」
 第一印象は童貞……あてにはならないが、そういった感じ。
 二十一二というところか。男にしては、すこし色が白すぎる。ぽってりと肉のついた、おちょぼ口をし、かわいいくらいの青年だ。遠目に見たところでは、中村錦之助の兄の芝雀《しばじゃく》に、いくらか似ている。
 おとなりは山本という実業家の別荘だが、こんな青年がいるとは聞いていない。たぶん夏の間借りの客なのだろうが、日焼していないのが、おかしい。
 やっと、思いあたった……
「叔母が言っていた、あのひとなんだわ」
 近くの結核療養所にいるすごい美青年が、
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