を言ってくれる。
「泣いて待つより……」
退屈にうかされて、サト子は、稗搗節をうたいだした。『枯葉』などという、しゃれたシャンソンも知らないわけではないけれど、稗搗節のほうが、今日の気分にピッタリする。
「野に出ておじゃれよ
野には野菊の花ざかりよ……」
調子づいてうたいまくっていると、地境の生垣《いけがき》の間から大きな目が覗《のぞ》いた。
「あんなところから覗いている」
すごい目つきで、サト子が地境の生垣のほうを睨《にら》んでやると、それでフイと人影が隠れた。
名ばかりの垣根で、育ちのわるい貧弱なマサキがまばらに立っているだけだが、その前の芙蓉《ふよう》が、いまをさかりと咲きほこっているので、花の陰になって、ひとのすがたは見えない。
女ではない、たしかに男……灰色のポロ・シャツを着ているらしい。
生垣のむこうは、となりの地内だから、なにをしようと勝手なようなもんだけれど、じっと垣根の根もとにしゃがんでいるのが、気にかかる。
サト子は籐椅子《とういす》から腰をあげると、座敷を横ぎって、裏庭にむいた濡縁の端《はし》まで行った。
「なにか、ご用でしょうか」
生垣のむこ
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