ところを這って行く。そこから斜めに上のほうへ折れまがり、そのむこうは潮のつかない砂場になっている。小さかったころは、平気で擦りぬけたものだったが、いまは肩の幅がつかえてはいれない。
「ヤッホー」
 頭だけ入れて、奥のけはいをさぐる。
 ラジオの歌声が、地虫のうなりのようにひびいてくるだけで、ひとのいるきざしは、まったく感じられなかった。
 やはり、あのとき溺れて死んだ。それが、ギリギリの結着というところらしい。
 サト子はガッカリして、あえぎあえぎ、洞の口から澗の海へぬけだした。
 泳ぎ帰る精もない。あおのけに水の上に寝て、波のうねりにからだを任せながら、いつまでも月をながめていた。

  仕事と遊び

 あの日は、残暑の頂上だったらしい。台風が外《そ》れ、それから四五日すると、なんとなく風が身にしみるようになった。
 あの夜、サト子は海からあがると、どの部屋よりも海からへだたった、山側の叔母の寝室で寝たが、頭の下でたえず熱いまくらをまわしながら、朝まで、まんじりともしないという夜を経験した。
 目をつぶると、やさしい顔をした青年のまぼろしが、ひっそりと澗の海から立ちあがってくる……

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