いただきましょう」
 足もとのスーツ・ケースを顎でしゃくって、
「当座困らないようにと思って、西荻窪へ行って、あなたの身のまわりのものを持ってきました」
 サト子は腹をたてて、底のはいった声でたずねた。
「あたしをどこへ連れて行こうというの?」
「麻布に適当な家を見つけておきましたが、お気にいらなかったら、お望みのところへご案内します。箱根でも、熱海でも……」
「あなたなんかと、そんなところへ行くと思う?」
 芳夫は、ふむと鼻をならすと、なんともいえない複雑な笑いかたをした。
「その考えかた、通俗ですね……あなたには、ぼくってものがまるっきりわかっちゃいないんだ」
 そういうと、感慨をとりまとめようとでもするように、煙草をだしてゆっくりと火をつけた。
「子供のころ、ぼくはあなたほど好きなひとはなかった。あなたのそばへ行くたびに、胸をドキドキさせていたもんです。そのときの印象は、いまでも心のどこかに残っているが、ぜひともあなたに愛されたいとも、結婚したいとも思っちゃいないんですよ……位取りがちがうんだ。あなたはあまり立派すぎて、ぼくの手に余るんですよ。あなたと結婚したら、ぼくの半生はひど
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