舌打ちをすると、どこかのキャバレの仕着せを着た運転手に声をかけた。
「うるさいな。あいつら、振り放してくれよ」
「よござんす。三宅坂あたりで振り落してやりまさア」
 運転手が伝法な口調でこたえた。
 四丁目の角を左折して、日比谷の交叉点を突っきると、猛烈な勢いで三宅坂をのぼった。台風気味の強い風が、追風になっているが、車体はフワリともしない。
 山岸芳夫は足もとに置いたスーツ・ケースやボストン・バッグをふんづけて、シートに寝そべりながら
「もう、あんなに靄んじゃった」
 と得意らしく、つぶやいた。
 後の車は、そこで五十メートル以上もひきはなされ、トラックのうしろに小さくなっていた。
「いい調子でしょう? 五四年型のクラウン・インペリアル……気に入ったら、取っておきなさい。たった三百万円です」
「取っておくって?」
「ほしかったら、お買いなさいって、言っているんです」
 期待はずれと失意の連続で、はかない気持になっていたところだったので、こんな男だと承知しながらも、芳夫の軽薄なものの言いかたが癇にさわった。
「冗談にしても、もうすこし身につくことを言ってちょうだい。そんな話、腹がたつだ
前へ 次へ
全278ページ中244ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
久生 十蘭 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング