すると、坂田省吾というのはあなたですか?」
「あいにく、そんなひともいない」
 サト子はグリルの丸椅子から辷りおりると、なに気ないふうでクロークのほうへ歩いていった。

  雲の上の散歩

 新聞記者の一団を置きざりにして、『アラミス』を飛びだすと、狭い通りを吹き通る風のあおりで、サト子はそこにパークしている車にぎゅっとおしつけられた。
 四丁目のほうへ歩きだそうとするとき、向う側の歩道のそばにとまっているセダンの側窓から、たれか手招きしているのが見えた。
 中村だ。さっき横浜へ帰ると言ったが、なにかの都合で、またここで待伏せをしている。
「もう、たくさんだ」
 けさから、たえずなにかに追いまくられている。うるさい話は聞きあきた。いまねがうことはなにか足るほどに食べ、人声のしない、しずかなところで、じっくりと考えてみたいということだけだ。
 サト子が動かないと見てとると、向うの車は、すうっとこちらの歩道へ寄ってきて、側扉《ドア》をあけた、山岸芳夫だった。
「ひどく、うっとりとしているみたいじゃないですか。さっきから呼んでいたんだが、聞えなかったの?」
「風のせいでしょう、聞えなかったわ
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