をながめていたが、秋川がうなずいてみせると、すらすらとサト子のそばへやってきて、
「水上さんですね?」
 と念をおしながら、ほっそりとした、白い手をさしだした。
「おばさまとは、古くからの友だちです……そういえば、お若いころにそっくりだ」
 神月の手が、宙に浮いたままサト子の手を待っている。戦前、鎌倉の浮気な女たちが火遊びに現《うつつ》をぬかした伝説の男の手は、心やすくも親しそうにも、そう、やすやすと握れるものではなかった。
 サト子は、しびれるような思いで、そっと神月の手にさわると、神月は横向きにソファにかけ、それがひとつのポーズになっている優美なかたちで、秋川に、
「こちらと懇意だとは、知らなかったよ」
 と沈んだ調子で言った。
「水上氏とは、おやじの代からのおつきあいだ。お孫さんにお会いしたのは最近だが」
 そう言うと、神月の襟の花を見て、
「ドレスアップして、どこへおしだす?」
 と笑いながらたずねた。
「霞山会館で、バイヤーたちのハーロイン(万霊節)のパァティがあるんだ」
「バイヤー? なんでもいいさ。忙しいのは結構だよ」
「そちらさまは?」
「食事をすまして帰るところだ」

前へ 次へ
全278ページ中230ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
久生 十蘭 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング