いう意味じゃないけど、読めもしないものに、サインするわけにはいかないわ……誰かに読んでもらいますから、きょう一日、拝借して行っていいかしら」
 天城は、怒った顔になって、サト子が手に持っていた英文の契約書をひったくると、荒々しくファイルの中へ投げこんだ。
「契約の内容は、会社の機密なんですから、お貸しするなんてわけにはいかないのよ……せっかく来ていただいたけど、ご縁がなかったわね……でも、まだ二三日、余裕がありますから、サインする気になったら、また、いらっしゃい」
 ひどく後味《あとあじ》が悪い。じぶんでは、さほど理屈っぽい女だと思っていないが、やさしく話をすることができないので、みなを怒らせてしまうらしい。
 事務所を出て、六丁目の『アラミス』の前まで行くと、葉を落したプラタナスの街路樹のそばに、どこかで見たことのある車が置いてあった。いつかのウィルソンという男の車に似ているようだが、内張《うちばり》の色がちがう。考えているうちに、鎌倉の近代美術館から、扇ヶ谷の秋川の家まで乗って行った車だったと思いついた。そういえば、愛一郎と並んですわった操縦席のシートのぐあいに見おぼえがあった。

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