ますな……海端も、思ったより、風がない」
と、しんみりとつぶやいた。
サト子は、バスのほうを見ながら、そそくさと答えた。
「その家なら、逗子《ずし》のトンネルの下の道を、飯島のほうへ、すこし行ったあたりです」
「ありがとう。バスにお乗りになるところだったんですね、足をおとめして」
「……そのへんで、きょう空巣のはいった家、とお聞きになれば、わかるだろうと思いますわ」
「へえ、そんなことが、あったんですか」
サト子が乗ると、すぐバスが動きだした。
窓越しに見かえると、いまの紳士は、まだそこに立って、じっとバスを見送っていた。
駅前の広場で、バスから降りると、円形花壇のベンチで、大勢のひとが涼んでいた。むっとするような暑気がおどみ、駅の正面の大時計が汗をかいていた。
「ソーダ水でも、飲もうかしら」
足のとまったところで、喫茶店にはいりかけたが、ぎょっとして、入口で立ちすくんだ。
正面の白い壁に、「リリー・ジュース」の大きなポスターが貼ってある。ビキニ型の水着を着て、大きなジュースのびんを抱いた水上サト子が、こちらを見て笑っている。
最初の写真撮影……たしかに、うれしかっ
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