りだして、大きな声で叫びだしそうで、不安でたまらない。
姿見の前でスカートのヒップのあたりをひと撫でし、戸締りをして家をとびだすと、光明寺のバス停留所のほうへ、歩いて行った。
あふれるような月の光。山門の甍《いらか》に露がおり、海の面《も》のようにかがやいている。
バスが来た。バスはここで折返して、駅のほうへ帰る。
車がまわってくるのを待っていると、ホワイト・シャツに、きちんとネクタイをつけた身なりのいい中年の紳士がバスから降りて海岸へ行きかけた足をかえして、ゆっくりとサト子のそばへやってきた。
「ちょっと、おたずねします。久慈さんというお宅、ごぞんじないでしょうか。このへんだと、聞いてきたのですが、材木座は広いので」
久慈……きょう空巣のはいった家は、たしか久慈と言っていたようだ。
「どういう、ご用なんでしょう」
久慈とこの紳士は、どういう関係なんだろうと考えているうちに、みょうなことを言ってしまった。
そのひとは気にもしないふうで、
「家のものが、昼間からお邪魔しているはずなんですが、月がいいから、呼びだして散歩でもしようと思って」
そう言うと、月を仰いで、
「蒸し
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