、カオルは、瞼をおしあげて、マジマジとサト子の顔を見かえした。
「どうして、そんな顔をなさるの?」
サト子は、あわてて、
「思いがけない名を聞いたもんだから」
と言いまぎらしたが、カオルに顔を見つめられているうちに、うしろめたい思いで、ひとりでに顔が赤くなった。
よく頭の回るカオルのことだから、ソロソロ疑いかけているのかもしれない。もういちど強くつっこまれたら、あの夜、愛一郎とカオルの話を聞いてしまったことを、白状するほかはない。サト子のあわれなタマシイは、尻尾《しっぽ》を巻いて逃げだしにかかった。
「人間ばなれがしたようなあの顔、いまでも忘れないわ……子供のとき、あたしも神月さんを好きだったのかもしれないわね」
カオルは機嫌をなおして、
「ずいぶん年をとったけど、美しいことは、いまでも美しいわ……でも、神月の美しさって、空虚な美しさよ。白痴美といったようなもんだわ」
腕時計に目をやりながら、
「ともかく、あなた、お出かけなさいよ……あたしは、喧嘩の仕上げをしてくるから」
カオルが出て行くと、サト子は、レーンコートをとって腕を通したが、そのまま、また椅子に腰をおろした。
前へ
次へ
全278ページ中198ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
久生 十蘭 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング