に並んで掛けた。
「お忘れですか」
 カオルは、気のない顔で、うなずいてみせた。
「ああ、曽根さん、ね?」
「曽根です。おぼえていてくだすって、光栄だわ。すっかり、ごぶさたしちゃって」
「忙しけりゃ、けっこうよ……あなた、いま?」
「横浜の山下町で、小鳥の巣箱のような、ちっちゃなバアをやっていますの」
「その話、誰かから聞いたわ……どうなの?」
「このごろ、いくらか恰好がつきかけたんですが、ドル小切手の偽造事件以来、税関の監視員がうるさくなって……いいことって、ありませんわねえ」
「横浜といえば、鎌倉で、捜査課の外勤をやらされていた中村が、また神奈川の警察部へ戻っているらしいわね」
 曽根は、苦っぽく笑いながら、
「こわいひとが、横浜へ戻って来たので、ビクビクしながら商売していますわ」
 カオルは、戸口に立っている女たちのほうへ流し目をくれながら、曽根に、
「サト子さんもあたしも、二時にランデ・ヴーがあるんだけど、あのひとたち、ここから出してくれないの……どういう騒ぎか知らないけど、あたしたちまで巻添えになるのは、迷惑よ……そのひとなどは砂袋《サンド・バッグ》みたいなものを持っているよ
前へ 次へ
全278ページ中174ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
久生 十蘭 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング