澗のうちを、ひっかきまわしたってよウ、死体なんざ、あがりっこ、あるかよ」
 漁師たちは、はじめから嫌気なふうだったが、暮れおちると、ダレて投げだしにかかった。
 澗のうちを洗って、滑川《なめりかわ》の近くから外海《そとうみ》へ出て行く早い潮の流れがある。二日もすれば、片瀬か江ノ島の沖へ浮きあがるはずだから、そっちを捜すほうが早道だとそんなことを言っている。
「ホトケサマが沈んでござるなら、これだけやれァ、とっくにカカっているはずだ」
 それは、サト子の言いたいことでもあった。
 澗のむこうの岩鼻、旧砲台の砲門から十尺ほど下った水ぎわに、磯波がえぐった海の洞《ほら》が口をあけている。
 土地っ子と組になって、この澗で泳いでいたころ、日があがって水がぬるむと、洞の口からもぐりこんで、奥へはいって涼んだものだった。
 崖の上で見ていると、波の下に沈んだ青年のからだが、青白い線をひいて、洞門へ吸いつけられていったようだったが、磯の低いところにいた警官たちには、見えなかったのかも知れない。
「いまになっても、あがらないところをみると、あのひとは、たぶん、洞の奥へ隠れこんだのだ」
 そう思った瞬間
前へ 次へ
全278ページ中18ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
久生 十蘭 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング