澗のうちを、ひっかきまわしたってよウ、死体なんざ、あがりっこ、あるかよ」
漁師たちは、はじめから嫌気なふうだったが、暮れおちると、ダレて投げだしにかかった。
澗のうちを洗って、滑川《なめりかわ》の近くから外海《そとうみ》へ出て行く早い潮の流れがある。二日もすれば、片瀬か江ノ島の沖へ浮きあがるはずだから、そっちを捜すほうが早道だとそんなことを言っている。
「ホトケサマが沈んでござるなら、これだけやれァ、とっくにカカっているはずだ」
それは、サト子の言いたいことでもあった。
澗のむこうの岩鼻、旧砲台の砲門から十尺ほど下った水ぎわに、磯波がえぐった海の洞《ほら》が口をあけている。
土地っ子と組になって、この澗で泳いでいたころ、日があがって水がぬるむと、洞の口からもぐりこんで、奥へはいって涼んだものだった。
崖の上で見ていると、波の下に沈んだ青年のからだが、青白い線をひいて、洞門へ吸いつけられていったようだったが、磯の低いところにいた警官たちには、見えなかったのかも知れない。
「いまになっても、あがらないところをみると、あのひとは、たぶん、洞の奥へ隠れこんだのだ」
そう思った瞬間
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