「へえ、そんなことがあったんですか……愛一郎、どうだったの? 相手が神月じゃ、勝目はなかったでしょう」
 車は、特徴のある、鼻声のような、警笛を鳴らし、前の車を追い越しながら、猛烈なスピードで三原橋のほうへ飛ばしている。
「いや、負けちゃいなかった。神月の申し出を断わって、少年探偵モドキに、神月の屋敷を捜しまわったようなことも、あったらしい」
「あのひとなら、それくらいなことは、するでしょう」
「……捜すものは見つからなかった。愛一郎は、古い恋文を送りつけられるのを恐れて、門の郵便受の前で、張番をしていた長い時期がある」
 あの夜、扇ヶ谷の家で、秋川が、あれはあなたの手紙を待って、郵便受の前で張番をするようなことまでしていると言った。サト子を、愛一郎の愛人だと思いこんでいるようでは、それほどの息子の苦労を、秋川は知らずにいるのらしい。
「飯島の久慈の家へはいりこんだのは、あの日だけでなくて、三月ほどの間に、五回以上も行っている……久慈の娘には、あなたに会いたくて、なんて、うまいことを言っていた事実もある。もっとも、そうでもしなければ、他人の家へ、そう、しげしげと入りこめるものではないか
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