しりもちをつき、ついでに、あおのけに、ひっくりかえった。カオルのほうは、力があまって、萱《かや》のしげみのなかへ、のめりこんだが、愛一郎に手をつかまれているので、起きあがることができない。裸の足で萱原を蹴ちらしながら、あいたほうの手で、愛一郎の頭をピシャピシャ叩いた。愛一郎は、カオルの手首を、腕のなかへ巻きこんで、押えこみの型でいこうとした。カオルは怒って、愛一郎の二の腕に噛みついた。
崖端に乗りあげて、かしいでいる車のルーム・ランプの光が、まわりの荒々しい風景を、あざやかに照しだしている。つきとばしたり、ひっぱったり、間のぬけた、そのくせ、どこか残忍なおもむきのある無言の格闘は、それから、しばらくつづいたが、結局は、愛一郎がカオルに押えこまれたところで、幕になった。
カオルは、愛一郎の胸のうえに馬乗りになると、おどかすような声で、言った。
「もっとやる? いくらでも、お相手してよ」
どうしたのか、応答がなかった。
「ナイフをだしたときの元気、どこへ行ったの? あなた、あたしをやっつけたいんでしょう? だったら、もっとやってみたら、どう?」
愛一郎の服の襟をつかんで揺すりながら
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