しまったわ。千分の一ぐらいは、それらしいものを含んでいるでしょうが、煎《せん》じつめたところ、天然ウラニウムといっている石ころ同然のものじゃありませんか……ウラニウムにたいする政府の態度がきまらないから、買上げを期待することもできない。何百万もかけて、選鉱と精練の設備をしてみたところが、平和工業に利用できる『二三五』を出すなんて、いつのことだか……それだって、アメリカから原鉱を輸入するようになったら、日本のウラニウムなんか、使いものにはならない……そんなものに、これから先何年か、試掘料と鉱区税を払うのでは、ひきあうもんじゃないから」
 坂田が皮肉な調子で言った。
「私の計算とは、すこしちがうようですね。無価値どころか、役に立ちすぎて困る面があるんですよ。現に、ウィルソンという男が三万ドルで買いかけたじゃないですか」
「偽ドルでね」
「たとえ、なんだろうと」
「偽ドルで結構はないでしょう……山岸の芳夫が、こっちへ持って来るはずのものを、サト子のところへ運んで行ったので助かったけど……」
 由良は説いて聞かせる調子で、
「はじめ、軍票ドルで持って来ましたが、突っ返してやったわ……その軍票は、偽の本国ドルと引替えに、横須賀のパンスケたちに集めさせたものらしい。それがわかったもんだから、パンスケたちがおこって、仲介した女とウィルソンをめちゃめちゃにひっぱたいたという騒ぎ……サト子さん、あなたを養っていた大矢という飯島の漁師の娘は、砂袋で叩かれて聖路加に入院しているそうよ……警察部の中村というひとが言っていたけどカオルさんも、ドイツ人と組んで、ひどいことをやりかけていたそうだし、神月が自殺したのも、つまりは偽ドルの係りあいだったらしい。あなたも気をつけたほうがいいわ」
 さんざ、いやがらせを言ってから坂田に、
「私はもうコリゴリ……あの鉱山には、一切、関係しませんから、そう思っていただくわ」
 坂田がいかめしいくらいな口調でサト子に言った。
「私がなにより恐れたのは、十二億六千万円という、想像の値うちのことでした。あの鉱山に何百万円かかけて三百尺も掘ったら、十二億以上のものが出るかも知れないが、それは未来のことで、現実は零に近い……十三億というのは、相当、しっかりした頭でも狂いださせるに足る金だから、有頂天にしたあとで、じつは零だったというような話なら、聞かせないほうがマシだと思って、きょうまで、ひと言も言いませんでした」
「それは、さっき秋川さんから伺いました」
「私は鉱山の仕事に嫌気がさして、親父のやっていた、清浄野菜つくりに商売替えした人間です……あなたに渡して、一日も早く身軽になりたかったが、それでは、重荷をあなたの肩へ移すだけだと思って、今日まで辛抱していましたが、だいたい、むずかしいところは切抜けたようだから、これからは、あなたがやってください……一ドルで買ったものだから、三百六十円でお売りします」
 広い芝生の庭に、うらうらと春の日が照り、白いエプロンをかけたメードたちが、派手な日除の下へバースデイ・ケーキや飲物を運んでいる。
 どのみち、手にあうようなことではないのだ。ウラニウムのことなど、どうでもよくなり、サト子は、庭へ出て愛一郎や暁子と遊びたくなった。
「むずかしいところを切抜けたとおっしゃったようだけど、むずかしいってのは、どういうことだったんでしょう?」
「去年の七月ごろから、日本の天然ウラニウムに外国人が急に興味をしめすようになって、『二三八』しか出ない石山同然のものを三万ドルで買うというんです……間もなく、その訳がわかった……去年の三月に、ビキニで実験したウラニウム爆弾は、世界中、どこの原子炉ででも簡単に生産できる『二三八』を使ったものでした。それが日本のどこかへ落ちたとすると、三分の二以上の地域を、少なくとも三カ月の間、死の灰で蔽《おお》ってしまうから、あなたも私も……その区域にいる日本人は、どうしたって、ひとりも助からない……あの連中が買いつけにかかったのは、鉱石ではなくて鉱業権なので、じぶんらでしっかりとおさえておいて、将来、必要なときが来ても、日本人に手が出せないようにしようということだった……苗木の谷の鉱山は、こういう性質のものだと思ってください」
 サト子はおかしくなって笑いだした。
「あたしは三百六十円払って、火薬庫の番人になるわけなのね」
 秋川がサト子のそばへ来た。
「火薬庫の番人だから、盗まれたり火を出したりしないようにしっかりやってくれる、信用のおけるひとでなくちゃならないわけですね」
 愛一郎がドアをあけて顔をだした。
「パパ、まだですか? サト子さん、お借りして、いいでしょうか」
「いいとも」
 サト子はいそいそと椅子から立上ると、愛一郎と腕を組んで庭へはねだした。
 日除の下のテー
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