案も、まだできていない。ウラニウムそのものについても、まったくの野放し状態で、鉱区をきめて掘るという、鉱業法の法定鉱物にすらなっていないのだから、誰がどこを掘ろうと勝手だし、買手があれば、外国へ売ることだってできる……だから、金ほしさに、外国へ譲渡する懸念のあるひとのところへ、鉱業権が移るのは好ましくない。日本人として、どうしたって、これは阻止する義務があるわけなんです」
「あたしが外国へ売らないという、保証があります?」
「われわれはあなた方の世代に期待をかけているんですよ……ウラニウムというものの性質からいって、平和工業にだけ利用されるとはきまっていない。この間のビキニのような新型ウラニウム爆弾になって、どこかの国に死の灰を降らせるかもしれないことを承知しながら、あなたが苗木の谷の鉱業権を、外国に売り渡すだろうとは思わない……坂田君もそう信じています」
庭にむいた明るい書斎に、浜田と叔母の由良ふみ子と有江老人が掛けていた。
由良ふみ子はタフタの黒っぽいアフタヌンを着て、れいの賢夫人の風格で、ひとり離れた椅子に、しずまっていた。
「おばさま、ごぶさたして……」
「ごぶさたはお互さまだけど、あなた、このごろ役所に勤めているんだって? モデルなんかよりそのほうがマトモよ。暇もないだろうが、気がむいたら、遊びにくるといいわ」
「夏にでもなったら、また、お留守番にあがりますわ」
秋川がサト子を有江老人に紹介した。
「お孫さんのサト子さんです」
サト子がそばへ行っておじぎをした。
「いつか、電報をいただきましたが、ご承知のようなわけで、お目にかかれなくて……」
有江老人は、わかってるわかってると、うるさそうにうなずくと、モジャモジャの毛虫眉の下から落窪んだ小さな目を光らせながら、
「ファザーもマザーも亡くなって、ひとりでいるそうだな。ユウに属する権利は、全力をあげて保護してやるから安心しなさい」
と浪花節調の裏枯声で言った。
生地はいいが、一世紀前の型の服を着ている。網代《あじろ》に皺のはいった因業な顔も、憎体なものの言いかたも、ひどく日本人離れがしているので、『クリスマス・カロル』にでてくる、憎まれもののおやじを思いだして笑いたくなった。
坂田はトックリ・セーターにジャンパーという、牛車で野菜を売りにくる、いつもの無造作な装で、大きなドタ靴をバタバタさせながらサト子のいるほうへやってきた。
「坂田さん、しばらく……あたし、あなたにおわびしなければならないことがあるのよ」
坂田は黒々と日に焼けた顔を反らせて、
「どんなことです? 私にわびることなんか、ないはずだが」
三十二枚の歯をそっくりみせて、おおらかに笑うと、
「オプションをはじめる前に、苗木の谷の鉱業権を、一ドルで水上氏に売り付けられた当時のことを説明しないと、ひとをだますことになる……そうでなくても、あまり、よく思われていないんだから」
由良ふみ子が冷淡に突っぱねた。
「あなたの言いたいことはわかっています。簡単にやってください」
「水上氏が三万カウントのサマルスキー石を持って、アメリカへ帰って来た。原子力委員会の裏付けがあったので、この石が苗木の谷から出たという確証があれば、一鉱区五万ドルで買ってもいいという買手がついた……」
由良があとをひきとった。
「一鉱区、五万ドルとして、三百五十万ドル、十二億六千万円……ね?」
「七十鉱区だから、そういう計算になりましょう」
由良がグイと背筋をたてた。あばれだすときの癖なので、なにを言うつもりなのかと、サト子は遠くから叔母の顔を見まもった。
「それを、あたしとサト子とで糶《せ》るわけ?」
「私としては、だれに売ったっていいのだが、あなたを除外するとおさまらないでしょうから、こんな余計なこともするんです」
「そんなら、オプションなんか、することはないわ。父の遺言どおりに、そっくりサト子にやったらいいじゃありませんか」
一座が、しんとした。どこかで鶯《うぐいす》が鳴いている声が聞えた。
「坂田さんはひとが良いから、父の妄想をいたわってやる気で、一ドルも払ったのでしょうが、あたしは父を愛していないし、ムダなことは大きらいだから、ただの十円だって出したくはありませんね」
有江が、つぶやいた。
「水上が、なぜ長女に遺産を譲りたがらなかったか、ミイにも、よくわかったよ」
由良が手きびしくやりかえした。
「父と同様、あなたもだいぶオメデタイかたのようだわ。十二億六千万円……なんという夢を見たんでしょう? 山師だの山見《やまみ》だのという連中は、熱にうかされた子供みたいなもんだから、アメリカ人の空《から》約束で、ひと財産、つかんだような気になったのでしょうが、苗木の谷になにがあるというんです?……行ってみて、あきれて
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