うちに、どんな殺伐なことでもやりかねないような動物的な眼つきになって、
「ふン、ずいぶん、見通したようなことを、おっしゃいますね。えらそうな口をきくあんたさんは、どこの、なんというひとです?」
と、嫌味に絡《から》みついてきた。
カオルは、相手の顔を見もせず、サト子に、
「神奈川県庁の嘱託をしているころ、このひとたちがむやみに殖えて、アナーキーになって喧嘩ばかりしているので、白百合という組をつくって、みんながやっていけるように、してやったことがあるの……あたしを知らないようじゃ、このひとたち、ほんの駆けだしなんだわ」
と遠慮のない高調子で、笑いあげた。
「ヤマさん、しばらく」
グレーのジャンパー・スカートに、緋裏《ひうら》のついたアンサンブルのコートを、マントのように羽織った、外人向きの、高級バアのマダムという見かけの二十七八の女が、そう言いながら、すらすらと部屋にはいってきた。
ロングカットの髪を、なよなよと片頬にたらし、レースのハンカチをひとつだけ入れた、中の透けて見える花籠のようなマクラメのバッグを手首にかけ、馴れ馴れしいくらいなようすでカオルのそばへ行って、ベッドの端に並んで掛けた。
「お忘れですか」
カオルは、気のない顔で、うなずいてみせた。
「ああ、曽根さん、ね?」
「曽根です。おぼえていてくだすって、光栄だわ。すっかり、ごぶさたしちゃって」
「忙しけりゃ、けっこうよ……あなた、いま?」
「横浜の山下町で、小鳥の巣箱のような、ちっちゃなバアをやっていますの」
「その話、誰かから聞いたわ……どうなの?」
「このごろ、いくらか恰好がつきかけたんですが、ドル小切手の偽造事件以来、税関の監視員がうるさくなって……いいことって、ありませんわねえ」
「横浜といえば、鎌倉で、捜査課の外勤をやらされていた中村が、また神奈川の警察部へ戻っているらしいわね」
曽根は、苦っぽく笑いながら、
「こわいひとが、横浜へ戻って来たので、ビクビクしながら商売していますわ」
カオルは、戸口に立っている女たちのほうへ流し目をくれながら、曽根に、
「サト子さんもあたしも、二時にランデ・ヴーがあるんだけど、あのひとたち、ここから出してくれないの……どういう騒ぎか知らないけど、あたしたちまで巻添えになるのは、迷惑よ……そのひとなどは砂袋《サンド・バッグ》みたいなものを持っているようだけど、時代がちがうんだから、タワケたことはいいかげんによすほうがいいわね」
「あら、そんなものを持っているんですか。よく言っておいたんですが、バカだから……」
曽根は恐縮したみたいに、かたちだけのそぶりをして、
「そこにいらっしゃるのは、水上さんですね?……お話を伺えば、それですむことなのに、シヅが、妙につっぱるもんだから、こんなことになっちまって……」
と、やさしいくらいの調子でこたえた。
シヅが、どんな目にあわされるのだろうと心配していたが、相手がやさしく出て来たので、サト子は、うれしくなって、
「あたし、水上ですけど、話ですむのでしたら、どんなことでも」
曽根は、サト子と向きあう椅子に移ると、しんみりと話しこむ恰好になって、
「ごぞんじだろうと思いますが、話ってのは、ウラニウム籤のことなんです」
ウラニウムという言葉を聞くのは、これで三度目だが、正面切ってたずねられても、知らないことなので、返事のしようがなかった。
「わかるように、説明していただきたいわ。ウラニウム籤って、なんのことでしょう」
曽根は、探るような眼つきでサト子の顔をながめまわしてから、戸口にいる猪首の女に、命令するような調子で言った。
「水上さん、ごぞんじないそうよ。あんた、わかるように話してあげて」
猪首のが、りきみかえったようすで、どもり、どもり、言った。
「そこにいる水上さんとこへ、何億という財産がころげこんで……そうしたら、水上さんの叔母テキだの、山岸という弁護士だの、坂田とかいうアメリカくずれだの、それから、秋川という大金持だの、その息子だの、欲の皮のつっぱったやつらが、総がかりになって、ひったくりにかかったので、水上さんは切《せつ》なくなって、おシヅのところへ逃げこんできて、おシヅとウィルソンに、身柄は任せるからよろしくたのむと、委任状を渡したんだって……あたしの聞いたところじゃ、それが、ウラニウム籤のモトになる話なんです」
曽根は、目カドを皺めながら、
「水上さん、おわかりになったでしょう」
と言いながら、サト子の顔をのぞきこむようにした。
いま、じぶんを中心にして、目に見えぬ気流のようなものが渦を巻いているような感じがする。それは、愛一郎が飯島の久慈という家に忍びこんだことにも、叔母の熱海行きにも、山岸芳夫との結婚をおしつけられたことにも、大矢シヅが今日
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