、半商売というわけか」
肩ごしに、うしろに振り返ると、
「おシヅ、お客さんだ……どこかのご令嬢さまが、お前に、ご用だとおっしゃる」
道をあけて、お辞儀をしながら、
「お通り遊ばせ……失礼さんですが、あんたさんも、お仲間さんですか」
女たちの肩をおしのけるようにして、山岸カオルがはいってきた。
「あなたの部屋をノックしてみたら、お留守だったから、たぶん、ここだと思って……」
シヅには目もくれず、サト子にそう言いながら、壁ぎわに積みあげた椅子やテーブルを見ると、ここではじまることを察したらしく、痩立《やせだ》ちのみえる頬のあたりに、人の悪い微笑をうかべた。
「お取りこみのようね……お邪魔だったかしら」
この夏の終りに、鎌倉の秋川の家で会ったときは、頭のなかの乱れが見えるチグハグな印象をうけたが、きょうは、目のなかにしっとりした情味がつき、風が落ちて海が凪《な》いだような、しずかな顔をしていた。
黒と白だけの着付で、ネットのついたトーク型の帽子の小さな菫《すみれ》の花束が、ただひとつの色彩になっている。カオルは、ハンド・バッグのかわりにもなる、豹の皮の手套《マフ》から右手をぬきだしながら、サト子のほうへ近づいて行った。
「こんなところに、隠れこんでいようなんて、考えもしなかったわ……あのとき、ご挨拶もしないで帰ってしまったけど、怒っているわけでもないでしょう……しばらくね、握手ぐらい、しましょうよ」
サト子は、途方にくれながら、おずおずとカオルの手を握った。
「なんだか、お丈夫そうになったわ」
カオルは、首をかしげてシナをつくりながら、
「そう見えるなら、ありがたいわ。このごろ、ゴタゴタして、たいへんにはたいへんだったんだけど……」
サト子が、たずねてみた。
「あたしがここにいること、たれに聞いた?」
カオルは、この質問を予期したうえで、
「芳夫から」
と、間をおかずにこたえた。
「芳夫のタンテイ趣味には、家じゅうが悩まされているのよ……いつだったか、泰西画廊であなたを見つけて、あとを尾《つ》けたんですって……あなたがお友だちの厄介者になっていることまでしらべあげてあるの……バカよ、あのひとは」
マジマジと、シヅの顔を見て、
「飯島の……方だったわね。あたしを、おぼえていらっしゃるでしょ? 山岸のカオルよ」
戸口に立ちはだかっている女たちが、焦《じ》れて足踏みをした。
「オレたちのほうは、どうなるんだ。簡単にやってくれえ、急いでいるんだ」
カオルはサト子の腕に手をかけて、
「うるさいわね……ともかく、出ましょうよ。きょうは、いい話があって、伺ったの」
ひきたてるようにして、連れだしにかかると、猪首の女が扉口に立ちふさがって、脅しつけるような声をだした。
「ちょっと待て……そこにいるのは、水上サト子というファッション・モデルだろ。そいつにも、言いたいことがあるんだ。出て行くのは、あとにしてもらおう」
カオルは、わざとらしく、肩ごしに戸口のほうへ振り返ってから、窓際にいるシヅにたずねた。
「あの女レスラーみたいなひとたち、なんなの?」
シヅは眼を伏せて、おどおどしながら、
「横須賀の白百合組のやつらなんですけど」
と、謹んだ調子でこたえた。
カオルは、乾いた眼つきで、まともに女たちのほうを見ながら、
「むかしは、こんなじゃなかった。横須賀の白百合組も、柄がわるくなったわね……いま、なにか言ったようだけど、急ぐ話だから、待ってなんか、いられないのよ」
問題にもしない顔で、つっぱなしておいて、
「さあ」
と、サト子の肩をおした。
シヅは、興奮して青くなって、小刻みにふるえながら、通りにむいた窓のそばに立って、イライラと指の爪を噛んでいる。これから、ここではじまる、みじめな光景を眼にえがくと、シヅを見捨てて、出て行く気にはなれない。
「でも、あたし、こまるわ」
サト子が渋ると、カオルはうす笑って、
「あなたがいたって、どうにもなりはしないでしょう。放っておけばいいのよ。このひとたち、こんなところで、大きな顔でジタバタできるわけはないんだから」
戸口の壁に凭《もた》れて、陰気な眼つきをしていたのが、うしろ手に隠していた喧嘩用の砂袋《サンド・バッグ》を右手に持ちかえると、のっそりとカオルのほうへ寄って行った。
「おれたちに、どうして喧嘩ができねえんです?」
カオルは、顔をしかめながら、
「あなたたちの話ってのは、どうせ、闇ドルのことでしょ? むこうの河岸っぷちに、横浜税関の車がとまっているわ。あんたたち、お伴つきで来たわけなのね。お望みなら、窓をあけてあげるから、言いたいことを、精いっぱいどなってみるといいわ」
砂袋《サンド・バッグ》を持ったのが、ひととき、くすんだようにだまりこんでいたが、その
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