このあいだのおわびに、ごいっしょに夕食でも……」
 坂田は、ありありと迷惑そうなようすになって、
「ありがたいですが、電話でも申しあげたように、メチャメチャにいそがしい仕事をかかえているので……それに」
 強い目つきで、部屋のなかを見まわしながら、
「ここはアメリカ人のやっている店だそうですが、こういう環境に、馴染めないほうなもんだから」
「あら、そうなの」
 由良は、大袈裟《おおげさ》におどろいてみせた。
「長らくアメリカにいらしたということですが、そんなアメリカぎらいなんですか?……そうと知ったら、おもてなしの方法もありましたのに」
 口先のお愛想でつなぎながら、由良は、いきなり本題にはいった。
「有江さんのお手紙には、あなたのことが、くわしく書いてありました……カルフォルニヤの鉱山学校を卒業して、ニュウ・メキシコの鉱山で働いていらしたのだそうですね」
「古い話です」
「去年の春ごろ、日本へ帰って来て、青梅の奥で、清浄野菜の農園をやっていらっしゃるって……それほどの経験を振り捨てて、どうして、そんなことをはじめる気になったのか、私には腑に落ちないので」
「あっさりいえば、鉱山の仕事が嫌になったからです……清浄野菜をつくることは、死んだ父の夢だったので、土地といっしょに、親父の意志も相続してやったというわけです。ふしぎなんてことは、ありません」
「野菜を売って歩くのに、いまどき、牛車に積んでいくなんて、すこし変りすぎているようね……あなたは、水上から十三億の鉱業権を譲り受けた方だから、やろうと思ったら、どんなことでもできるはずなのに、そんなふうにしていると、なにか、仮装でもしているようで、おかしいわ」
 坂田は、あけっ放した顔で、はっはっと笑った。
「化けているって?……内地の生活は複雑で、たれもみな二重生活をしていますね。仮装しているように見えるなら、私の場合も、それだと思ってください……時間が惜しいから、私のほうからはじめますが、水上氏のお孫さんのサト子さん、いま、どこにいらっしゃるんでしょう?」
 由良は、とぼけた顔で、たずねかえした。
「サト子に、どういうご用なんです?」
「サト子さんは、久しく西荻窪の植木屋の離屋に、お帰りにならないということですが、急いでお目にかからなくてはならない用件があるので」
 由良は、そら出たといった顔で、芳夫に味な目くばせをしてから、
「なんでしたら、あたしがお取次ぎいたしましょう」
「アドレスを、おしえていただくだけで、結構です」
「あれは、小さなときから、フワフワと落着きのない娘でしたが、なまじっか、はんぱな職業を持っているので、私どもへ寄りつかないので、困ります」
「夏の終りごろ、鎌倉のお宅へ行っていらしたように、聞いていますが」
「間もなく、東京へ帰りましたが、どこへモグリこんでいるものやら、いっこうに……」
 坂田は微笑をうかべながら、おだやかに、おしかえした。
「はてな……すると、いま、取次いでやってもいいとおっしゃったのは?」
 由良は、ぷっくりふくれた瞼《まぶた》の間から、坂田の顔色をうかがっていたが、相手がおとなしくしているので、いきなり高飛車に出た。
「よしんば、あれの居どころをぞんじておりましても、あなたにだけは、お知らせしたくないわ。サト子の一身を、保護する意味でもね……あなたが、邪魔なサト子を、殺すだろうとまでは考えませんけれども、用心に、如《し》くはなしだから」
 坂田は、目の色を沈ませながら、じっと由良の顔を見つめた。
「私が水上氏のお孫さんを邪魔にするというのは、どういうところから割りだしたことなんでしょう?」
「根拠のないことじゃないんです……先日、有江さんが、シアトルであなたが父と約束した、鉱業権の再譲渡の件を実行したかどうか、手紙でたずねてきました」
「なんのことだか、わかりかねますんですがねえ……苗木の鉱山の鉱業権は、私が水上氏から買ったので、いまのところ、ひとに譲る意志はありません。そのことは、熱海ホテルでお目にかかったとき、かねて申しあげたはずですが」
 芳夫が、横あいから打って出た。
「有江さんの手紙には、そんなふうには書いてありませんでしたよ」
 由良が、うなずきながら、芳夫にいった。
「あなたは手紙をコピイしたひとだから、筋立った話ができるでしょう。坂田さんに、よく言ってあげてください」
「有江さんの手紙は……」
 芳夫は胸を反らすと、検事の論告のような調子でやりだした。
「水上氏とあなたが、千九百四十九年のウラニウム・ラッシュにうかされて、ガイガー計数管を持って、カナダの国境に近いほうへ出かけて行ったところから、はじまっています」
 坂田は、手をあげて、冷淡にさえぎった。
「詩ですか? 詩なら、たくさんだ。またこのつぎに、ゆっくりやって
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