ても、土地っ子や漁師の娘といっしょに泳がない、高慢な印象になって残っている。
 そのころ、山岸の別荘はお祖父さんの別荘と庭つづきになっていたので、弟の芳夫は、じぶんの家のように出入りをしていたが、カオルは別荘の奥にしずまって、ヴァイオリンをひいたり、ドイツ語の教師をとったり、たいへんな澄ましかただった。
「何年になるでしょう。こんなところでお目にかかるなんて、思いもしなかったわ」
「あなただって、忘れはしないはずよ……うちのママも、あなたの叔母さまも、戦前の飯島女めらは、まい夏、神月の別荘で親類になった仲でしょう……その子孫ですもの、縁は切れていないのよ」
 ようすのよかった若い時代の叔母が、朝のしらじらあけに、目ざといお祖父さんに見つからないように、神月の別荘から、こっそりと帰ってくるのを、サト子もいくどか見た。
「そう言えば、そうね」
 聞きたくもない話だったが、子供のころの記憶がかえってきて、いくらかカオルをなつかしく思う気持になった。
 カオルが、探るような目つきでサト子の顔を見た。
「どちらに、ご用なの? おやじのほう? せがれのほう?」
 また誤解されそうだ。サト子は、美術館で秋川の親子に会って、ここへ誘われるまでのことを話した。来ずにいられなかったわけがあるのだが、それは言わずにおいた。
 カオルは、唇の端を反らして薄笑いをしながら、
「おやじも偏屈だけど、愛一郎って子、神経質で手がつけられないの。帰るなり、あたしにあたりちらして……美術館で、なにかあったのかしら」
 サト子は、さりげなく言い流した。
「かくべつ、なにも……」
 カオルは、ガラス扉のほうへ歩いて行くと、芝生の庭を見ながら、サト子のほうへ呼びかけた。
「あそこを、ごらんなさい」
 むこうの松林のそばを、秋川の親子が肩をならべながら歩いているのが、小さく見えた。
「親子でモタついているわ。おだやかな見かけをしているけど、あれが、秋川親子の喧嘩《けんか》の姿勢なの。なにもなかったのなら、あの親子が喧嘩するはずはないわ……でも、おっしゃりたくなかったら、おっしゃらなくともいいのよ」
 突きはなすように言うと、カオルはガラス扉のそばを離れて、サト子のいるほうへ戻ってきた。
 秋川は、いつまでたっても、すがたを見せない。カオルは長椅子の端に掛けて、むっとした顔で、だまりこんでいる。サト子は、話題に
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