た」
その口なら、まあ悪くない。それにしても、メードたちはすこししゃべりすぎるようだ。自分だったらこんな躾《しつけ》はしない。給仕は男のほうがいいかもしれない。食堂も、こんなふうに広すぎるのは落着きがない……
食堂の平面図がつぎつぎに目にうかぶ……一方をガラス壁にし、新芸術派のチューブの家具を、巧まぬ粋を見せてあちらこちらに配置したところで、長いコードをひきずりながら、メードが電話器を運んできた。
「もしもし、サト子さん?」
山岸芳夫の姉のカオルだった。
「しばアらく……ここにいること、よくわかったわね」
「そこへ連れて行ったのは芳夫なんでしょ? わからないわけ、ないじゃないの」
「なにかご用でした?」
「お聞きしたいことがあって……」
そこで声が途切れた。
「神月……ゆうべ自殺したのよ、ヴェロナールを飲んで……あのバカおやじ、頬紅なんかつけて、お化粧をして死んでたわ」
「思いもかけなかったわ。この間、お目にかかったばかりなのに……」
「あなたがお悔みをいうことはないでしょう」
「あたしだって、神月さん、好きだったのよ」
「ありがとう……神月はあたしの父だったの。最近、わかったの……怒鳴りこみに行ったんだけど、抱きついて泣いちゃったわ……あたし、なにを言ってるのかしら?」
「伺っています……もっと、おっしゃって」
「あなたって、いいひとだわ……いずれ、わかるでしょうけど、神月とあたしのしたこと、悪く思わないでね……神月は、悪党というのじゃないのよ。もういちどだけ浮びあがりたいと思って、あせっただけなの……ブラジルに、先代が買った土地があって、神月はそこで農園をやりたいので、秋川に五百万円くらい出させたかったんだけど、言いだせないもんだから、死んだ夫人《おく》さんの古い恋文で愛一郎をおどしつけて、なんとか、ネダリ取ろうと思ったわけなのね」
「そのへんのことは、あたしも、うすうす知ってるわ」
「うちあけたところ、神月は死んだ夫人さんの手紙なんか、持っていなかったのよ……あることはあったんでしょうけど。飯島の家の屋根部屋かなんかへほうりあげたきり、どこにあるのか思いだせなかったの……そういう弱味があるので、押しきれなかったらしい……それはそれとして秋川が、だまってお金を出してくれたら、パーマーなんかと組んで、あなたのものを裏から剥ぎとりにかかるようなあくどいことは
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